います」と云って弘法大師の十住心論のはじめ異生羝羊心《いしょうていようしん》から終りの秘密荘厳心まで一々その偈《げ》を誦して道理を述べ、弘法大師の主意と自分の解釈のしようを細かに申し述べると、法橋がそれを聴いて、縁にいた阿性房を呼んで、
「どうだ、お前これを聞いたか。この様に心得ていて往生が出来ないということがあるものか。俺はこの華厳宗を相承しているけれどもこれ程分明に判ってはいなかった。他宗の者から聴かされた智恵が、自宗で習い伝えた義理に立ち越えている」といって随喜感歎甚だしく、法談数刻の後、法然は特に乞うて華厳宗の血脉《けちみゃく》並に華厳宗の書籍などを渡された。この法橋は最後には、法然上人を招請して戒を受け二字を奉り、戒の布施には円宗分類《えんしゅうぶんるい》という二十余巻の文を取り出して、
「慶雅はこの外には持っているものはない。上人に外の物を差しあげても仕方がないと思うから」
といって黒谷へ送り届けた。法然がその時云うよう、
「学問の妙理というものはこの通り帰すべきことには帰するものである。この法橋は華厳宗にとってはよき名匠であって、弁暁法印《べんぎょうほういん》もこの慶雅
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