こから2字下げ]
ドイツには植民地が無い、植民地の無いのは手足が無くて胴だけの人間と同じ事だ、国民は一致協力して軍備を充実し、生産を増加する為に、臥薪嘗胆《がしんしょうたん》をしなければならぬ。
[#ここで字下げ終わり]
という事を書いて示して置くそうである。
 奪われたるものはその植民地を取り戻さんとし、持たざるものはその植民地を持たんとし、持てるものはその植民地を擁護しようとし、地上に血みどろの世界を現出して居る。それは百姓弥之助が持つ、僅かに一町歩の植民地問題とは訳が違う。
 一町歩の植民王たる弥之助が、昔から植民の文字に多大な魅惑を感じて居たのは、今の世界共通の血みどろな土地要求の叫びとは違っていた。弥之助は那須の平野だの、八ヶ岳の麓だの、また北海道の平野などを旅行した時、植民部落というものを見ると、いつも胸が躍《おど》ったのである、打ち続く処女林がある、その中を掘割の清水がたぎり流れる、掘立小屋同様の移住民の住居、労働婦を兼ねたお神さんの肉体、ああいう原始味が今日でもどの位、弥之助を魅惑しているか解らない、そこには張り切った労働を基調とする生々たる平和がある、健康の躍動から来
前へ 次へ
全111ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング