い、蜿蜒《えんえん》と連なった雑木林が開墾されて桑園とされてしまった様に、平明開発はあるけれども蝦蟇《がま》も棲《す》まないし狐兎も遊ばなくなった。奇物変物もすっかり影をひそめてしまった。では富の程度でも幾分か増進したかと問えば、それどころかこの村でも目下一戸当り千円の借金に喘《あえ》いで居る。

       二十五

 百姓弥之助は東京から植民地への帰りに、新聞を見るとドイツ軍のオースタリー侵入の記事が目に附いた、それと共にチェコスロバキアがふるえ上って居るという脇見出しもある。英国が準戦時体制を整えたという別見出しもある。
 いよいよヨーロッパも再び行く所まで行かなければ、引けない時代が来たと思わしめられない訳には行かない。従ってそれが東洋へ波動して来るのは知れた事である、どうしてもこの世界全体が、行く所へ行かなければ納まらない時代を直感する。
 要するに世界の人間が、皆生き度いのである、生きる土地を求め度いのである。生きる土地を求める為に殺し合って行くという時代が到来したのではないか。ドイツでは各種の社交クラブは勿論の事、茶屋小屋の卓のビールのコップの下に敷く紙に迄も、
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