て、袴を取って学校から帰ると仕事着をつけて股引わらじで籠を背負い、鮑貝《あわびがい》を杓子《しゃくし》の様にこしらえたものを携《たずさ》えて、街道に落ちて居る馬糞《ばふん》拾いをして歩いたものだ。そこで或日の事、学校へ来ると生徒が、
「馬糞先生《まぐそせんせい》が来た」
と云った軽蔑の言葉を聞き込んで、亀先生は師弟の道がもうおしまいだと云って学校をやめてしまった。
 何かの用で郡役所の窓口へ出かけた事がある、受附があんまり風采のあがらなさ過ぎる百姓姿を見て何か書かせる時に、
「田村亀吉(亀先生の本名)名前が書けるか」
と云いながら紙筆を出した、そうすると亀先生は受附の顔を見ながら、
「おれは書けるがお前はどうだ」
と云って筆を取って書いた文字が米元章の筆法で雲烟の飛ぶ名筆であったので、受附先生もあッと云って言句がつげなかったという事がある。
 亀先生の長話は有名なもので、先生の訪問を受けた場合には薪二把を覚悟して居たという程である。少なくとも、一かかえある薪を炉の中で二把燃やし尽くすまでは帰らないと云うあきらめを持たせる事になって居た。亀先生の最も得意とするのは「易」で更に易経から易断
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