たのだ、東院というのは聞かないが南院は今農学校になっている、中院は誰れも気付かない北院より南寄りに一廓をなしているがこの寺は境内といい建築といい荘厳にして清楚、北院のごみごみして汚れたのとは比較にならない、庭にも北院のに劣らない枝垂桜の大木がある。
 それからバスに乗ろうと思って北院前へ出て見たが、いくら待っても来ないから近い処の動物園へ入る、入場料五銭、相当のものであった、それから再び北院の境内へ入って葉桜の下のかけ茶屋で団子を食べる、程遠からぬ大宮行の電車停留所へ行って待ち合せている田舎の花嫁さんが角かくしをして、裾模様の着物を着ながら見ているうちにそのお嫁さんがミルクキャラメルかなにかを頬ばりながら大股にさっさと歩き出した、さすがの川越ッ子もそれを見て「あれ、あのお嫁さんはものを食いながら歩いている」と指差しをしていた、斯う云う光景は川越でも珍しいものと見える。
 それからバスで前の西武線の駅へ来てやや暫く待ち合せ帰途に着いた。
 川越という土地は本当の武蔵野の原ッパの中の一都会で、山があるでもなし、川があるでもなし、湖水があるでもなし、土気の中の一都会だから風情のないことは夥し
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