天佑《てんゆう》と申すべきほどに無難でありました。
無難とはいうが、なにしろ、一葉の自製船を以て、世界の太平洋中に約一カ月を遊弋《ゆうよく》したものですから、その苦心と、操縦は、容易なものではないが、運よく、颱風の眼をくぐり、圏をそらして、世の常の漂流者が嘗《な》める九死一生の思いをしたということは一度もなかったのですが、それだけ、駒井船長の隠れたる苦心というものが、尋常でないことがわかります。駒井甚三郎でなければ、頭髪もすでにこの一航海で真白になっていたかも知れません。
東経百七十度、北緯三十度の辺に一島を見つけて、ようやくこれに漂着したとはいうものの、これはあらかじめ、駒井が測ったところの地点であり、予期したところの一島でありました。
いずれにしても、この辺に島がなければならぬ。人の住む島か、鬼の棲《す》む島か、ただしは、人も鬼も全く棲むことなき島か、その事はわからないが、この辺に島嶼《とうしょ》が存在することを予想して、そうして、針路をそちらに向けたところ、果してこの島を発見したのですから、極めて好条件の漂着であったことに相違はありません。
「それでも、この辺の海上は至極無
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