が堪忍袋の緒を切ったのだか、わからないところがお愛嬌だと、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百はせせら笑ったが、笑いごとではない。この時、浪士の右の足が撥《は》ねたかと思うと、米友の胸板《むないた》めがけて、肋《あばら》も砕けよと蹴りが一つ入ったものです。普通ならば、これだけで事は解決してしまうのですが、
「何をしやがる!」
と米友は、蹴りを入れたその足を、両手でがっきと受留めて、こぐら返しに逆にひっくり返したものですから、蹴りはきまらず、浪士の身体が横ざまにひっくり返って、あっぷ、あっぷと言いました。
その事の体《てい》が、今まで、さげすみ半分に、処分をこの一人に任せて、傍観の体勢でいた献上の一行を、残らず沸騰させてしまい、
「こいつ」
「この野郎」
「この馬鹿野郎」
「この身知らず」
「こいつ、気ちがいだ」
「泥棒だ」
「胡麻《ごま》の蠅だ」
寄ってたかって袋叩きの乱戦になると、こうなると、宇治山田の米友が本場です。
こういう喧嘩にかけては、相手の拳《こぶし》を受けて立つような男ではない。相手の一つの拳が来る前に、ぱた、ぱた、ぱたと三つ四つは、こっちから打ちが入っていて、あっ
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