ものが、たしかに素人《しろうと》をも玄人《くろうと》をも驚かさずには置きません、実にめざましいグロテスクを描いたものです。大元帥明王――そのいかにグロテスクであるかは一見しないものにはわかりません、宗教的にはなかなか以て神秘幽玄なる見方もあるに相違ございませんが、これを単に芸術的に見てですな、芸術的に見て、実に筆致と言い、墨色と言い、彩色といい、全体の表現と言い、すばらしいものです。ことにその彩色が――彩色のうち、人目を奪う紅《あか》と朱《しゅ》の色が大したものです。なにしろ千年以上の作というにかかわらず、朱の色が、昨日|硯《けん》を発したばかりの色なんです、今時の代用安絵具とは違います、絵かきが垂涎《すいえん》しておりますよ、こんな朱が欲しいものだ、ドコカラ来た、舶来? 国産? いかなる費用と労力をかけても、それを取寄せてつかってみたいとの心願を致しますけれど、あんな朱はドコで求めることもできません、科学者は研究をはじめましたが、今以て、その原料が何物であるかわからんそうです、動物質か、植物質かさえもわからないのだというのですから――つまり、千年の昔に悠々として使いこなした顔料を、千
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