ることになると忠実なもので、商売柄、健斎老を啓発することも少なくはありません。それから、健斎老が道庵に感心していることの一つは、そのふざけた中に、まじめな研究心が少しも衰えていないということです。見るもの、聞くもの、みんな箸《はし》をつけずには置かない、箸をつければ、みんな食ってしまわなければ置かない、という知識の貪食《どんしょく》ぶりには、遠近四方、敬服せざるを得ませんでした。
 しかし、うっかり敬服ばかりしていると、その次があぶない。一夕《いっせき》、道庵の声名を聞いて、京から名酒を取寄せて贈り越したものがあって、
「この地は、お茶にかけては日本一ですが、お酒の方はそうはゆきませんが、ここらあたりは少し飲めるかも知れません」
 道庵がその尾について、
「なるほど、お茶は、この界隈が宇治茶の本場だが、酒もどうして、なかなかばかにできねえ、いったい、上方は酒がよろしい、日本一のお茶も結構だが、日本一の酒は飲みてえな」
 それを言うと、土地の人が、
「では、近いうち、その日本一の酒というのを飲ませて進ぜましょう」
「そいつは耳よりだぜ、いったい、池田、伊丹《いたみ》なんぞと、大ざっぱに名
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