つ親類のお墓参りもしてやらずばなるまいと、酒の間に口走ったところを見ると、大阪あたりに親類などはなかるべきはずの道庵が、変なことを言うと思って、問いただしてみると、大阪に永富独嘯庵《ながとみどくしょうあん》の墓があるから、それをひとつ訪ねてやろうと思ってるんだよ、と言う。してみると、永富独嘯庵なるものは、道庵の親類筋に当るのかも知れない。
 それはトニカクとして、この機会に道庵は酬恩庵をおとずれて、古蹟をたずね、筆蹟を見て、しきりに慈姑頭《くわいあたま》を振り立てました。山陽の書を見てくれの、崋山《かざん》の画を鑑定しろのと申込んで来る茶人もいたが、そんなのは一切、道庵の眼中になく、一休禅師の筆蹟だけは相当丹念に見ました。一休自筆の「狂雲集」というやつも見て、しきりに首をひねったり、その末期《まつご》の書だというのをひろげると、
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須弥南畔
誰会我禅
虚堂来也
不直半銭
    東海純一休
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と書いてある。同行の者がちょっと読みなやんでいるのを、道庵はスラスラと読んでしまいました、
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須弥南畔《しゆみなんはん》
誰カ我
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