ろしゅうさい》を前に置いて物語りをしておりましたが、
「こんな話をすると、君たちは、なにを子供だましのと思うか知らんが、だまされる子供が幸いで、だまされない現代人が不幸であることを思わなければなりませんよ」
この秀才は、子供のように素直なところのある青年でありましたから、博士の言う意味がよく呑込めました。且つまた、この季麿秀才は、年に似合わぬ博学多才で、能文達識で、品行が方正で、ことに人の悪口などを言うことが最も嫌いな好学の青年でありましたから、それに張合いのある博士は言葉をつづけて言う様は、
「この世界は一つの寓話《ぐうわ》に過ぎないのですよ、釈尊は最も譬喩《ひゆ》をよく用いました、おそらく釈尊ほど卓越した修辞家はありますまい、また、古来のあらゆる作家よりも優れた作家は即ち釈迦です、ドコの国に、あれほど優秀な譬喩の創作者と、使用者とがありましたか。譬喩は即ち寓話です、寓話は即ち子供だましです、およそ四諦十二因縁《したいじゅうにいんねん》のわからぬものにも譬喩はわかります、阿含《あごん》華厳《けごん》の哲学に盲目なものも、寓話の手裏剣には胸を貫かれるのです。今まで私が話した話、これか
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