、前なるは必死で、しがみついて放すまいとする、その事の体《てい》が平常ではありませんから、神尾が立ちどまって、篤と見定めると、彼等が押し合い、へし合いしている中央に、一台の馬車があるのであります。
 その一台の馬車を中心にして、これらの群集が、押し合い、へし合い、なぐり合いをしているのだということがわかりました。つまり我勝ちにあの馬車に乗ろうとして、押し合い、へし合い、もみ立てているのだということがわかりました。
 馬車といっても、バスといっても、その頃はまだ珍しいものでありました。その当時に於ては、まだ、バスというものも、馬車というものもなかったから、神尾主膳には、バスも馬車もわからない。なんでみんなが、あれを取りまいてこんなに騒いでいるのか、それがわからない。ことに、さいぜん食傷新道で見た行列は、おさんどんや、山猿連のようだが、これは見ていると、しかるべき身上の奴が多い。町人では大尽株《だいじんかぶ》、一党の頭株といったような連中までが、あの通り、血眼《ちまなこ》になって取っつき引っついている、見られた図ではない。
 それをまた、世間知りの渡り仲間が説明してくれました。
 つまり、
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