理の多分を知りません。あるところは知り過ぎているが、知らないところは、他国の人の知らないよりも知らない、そういう意味に於て、江戸の市中の再吟味ということが大切だと思いました。たとえば今日、洋行する人が、あわてて日本の内地の名所見物をして置いて出かけるというのと、同じような筋合いになるでありましょう。
このたびの就職から、新しく雇い入れた渡り者の年寄の仲間《ちゅうげん》を一人従えて、市中見物の門出に、根岸から、広小路の方へ出て見ると、食傷新道《しょくしょうしんみち》に夥《おびただ》しい人の行列がありました。無数の人が長蛇の列をなして、町並の軒下に立って、三丁も五丁もつながっている。
「何だい、あれは」
「どんどん焼を買いに出たのでございます」
「どんどん焼?」
神尾が立ちどまって注視しました。どんどん焼を買うべく、この早朝から、この人出。タカがどんどん焼ではないか、神尾には何の意味だかわからない。それを渡り者の老仲間に心得があると覚えて、語り聞かせることには、
「近ごろは、ああして、どんどん焼が御大相に売れるんでございます、朝早く行きませんと売切れになっちまうんでございまして、それで
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