で》でございますか」
「千種家《ちぐさけ》の賀川肇の生腕と、三宝の下に書いてあった」
「賀川の――ともかく、時勢とは言いながら、この山里の御閑居へまで、そういうことをする奴があるのだからなあ」
 大久保も感慨に耽《ふけ》ったが、品川の弥二が、ここで、また改めて岩倉三位の横顔をじっと見つめました。
 かくて二人は岩倉三位の案内を受けて、その居間に通されるのでありますが、品川弥二郎は、大久保と岩倉の後ろ影を見ながら大いに考えさせられているようです。
 やがて三人、奥の居間で密談となりました。まず、大久保から岩倉への品川の紹介があったことでしょう。それから、長州の人傑の近況が一くさり噂《うわさ》に上ったことでしょう。やがて順序を得て、今日の来訪の理由の眼目に進んで密談が酣《たけな》わになるほど、外間の窺知《きち》を許さないものがある。
 三人の対話は極めてひそかに、また長時間に亘《わた》って、容易に果つるとは思われません。洛北岩倉の秋日の昼は、閑の閑たるものであります。
 この小閑を利用して、少しく時代の知識の註釈のために、慶応三年という年に、この篇に関係ある当時の相当の人物のめぼしいところ
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