のままで生涯をうずめる覚悟ということが、驚異でなければなりません。
駒井甚三郎と異人氏の、覚束《おぼつか》ないなりの英語のやりとりで、しかも、相当要領を得たところの知識は、だいたい次のようなものでありました。
この白人は、果して英国人ではない、本人は、しかと郷貫《きょうかん》を名乗らないけれども、フランス人ではないかと駒井が推定をしたこと。
年齢は、こういう生活をしているから、一見しては老人の如くに見ゆるが、実はまだ三十代の若さであること。
学問の豊かなことは、ちょっと叩いてみても、駒井をして瞠目《どうもく》せしむるものが存在していたということ。
そこで、つまりこの青年は、三十代と見ればまだ青年といってもよかろう、一見したのでは五十にも六十にも見えるが――この青年は、何か特別の学問か、思想かに偏することがあって、その周囲の文明を厭《いと》うて、そうして、わざとこの孤島を選んで移り住んでいる者に相違ないということが、はっきりと判断がつきました。
そういう類例は、むしろ東洋に於ても珍しいことはない。日本に於ても各時代時代に存在する特殊の性格である。こういう隠者生活というものは、
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