、この暴女王に限って甲州そのものを軽蔑すべき所以を知っている。父祖伝統の甲斐の国、武田よりも古い家柄を軽蔑して、その富ともろともに振捨てて悔ゆることを知らない暴女王は、豊太閤そのものを怖れずして、まずこれが趣味を軽蔑せんとして、醍醐の庭を見に来たかのようにさえ疑われる。
ただ一つこの暴女王が、容易《たやす》く軽蔑しかねているのが、現にいま住む山科の安朱《あんしゅ》の地点なのであります。
この暴女王も山科の地形だけは、憎まんとして憎み得ないものがあるらしい。軽んぜんとして軽んじ難い愛着を残しているものか。これは或る意味では当然過ぎるほど当然で、人というものは、過去に対してと、未来に対しては、かなり強硬にあり得るもので、過去というものは、再び現在を追っかけては来ない、過去は、いかに苦しかったことも過去となれば、すなわち現在への強迫区域を離れている、これを追懐しようとも、これを軽蔑しようとも、その脅威のおそれはないのであります。未来は当然|来《きた》るべきものにしてからが、来らざる間は痛痒《つうよう》の感覚から離脱している。ただ現在だけは怖るべきです。人がもし現在の政治に反抗した日には、
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