ません――「これは友の舎弟なんですよ、間違いっこはありません、本人よりもよく友に似てるんです、もともとあいつも上方の生れと聞いていました、家もあんまりよくないもんだから、藁《わら》のうちから別れ別れにされて、一匹は関東へ、一匹はこっちへお弟子に貰われたんですよ、友を呼んで見せてやりましょうよ、生別れの兄弟の名乗りをさせてやろうじゃありませんか、ほんとうに当人よりもよく似ていますよ、これがあの男の弟でなかったら、世間に弟というものはありゃしません」
 こう言って、親方まる出しのけたたましい叫び声を立てて、権柄で友を呼び込んで、否も応も言わさず、兄弟名乗りをさせたかも知れません。しかし、ここはところがらですから遠慮をしました。ところがらをわきまえて遠慮のたしなみがあるところが、さすが女親方の取柄で、本来自分が字学が出来ないし、身分に引け目があるところから、場所柄によっては必要以上におびえ込み、謙遜以上に謙遜してしまうことが、この女性の美徳といえば美徳の一つでありますことがまた、ここでけたたましい叫びを立てなかった一つの理由なのであります。
 そこで、二人がうなずき合っただけで、この奇遇的小
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