準1−15−7]啄同時《そったくどうじ》のようなもので、言句を言わないで眼だけでよくわかる。
「よく肖《に》ていますねえ」
「よく肖ているわねえ」
 言語に発して、しかして後、呼吸を合わせる程度のものではなかったのです。昭和現代の支那事変のつい近ごろ、日本で、ある映画会社がフィルムに製造すべく、かの憎むべき蒋介石《しょうかいせき》のモデルを、一般に向って募集したことがありましたそうです。そうすると、四国かドコかの山中から現われた一人の応募者があったそうです。テストに現われた係員が、まず呆気《あっけ》に取られたのは、この応募者が、蒋介石に肖ていること、肖ていること、そっくりそのまま以上、本人よりもよく肖ていたそうです。斯様《かよう》にして求めさえすれば、日本の中にさえ蒋介石よりも蒋介石によく似たという人間も現われるものなのでありますが、ここでは求めざるに不意に現われたものですから、さすがの暴女王様も、お角親方も、舌頭を坐断されてしまって、うなずき合うよりほかに言語の隙を与えないほどでありました。
 もし、ところがこうしたところでなかったら、お角親方は、啖呵《たんか》を切って叫んだかも知れ
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