ずはない、先代ゆずりの、お絹という肌ざわりの相当練り上げられたのが、縮緬皺《ちりめんじわ》をのばして待っているくらいのもの。これが待っているからとて、附合いを外してまで戻ってやらねばならぬほどの、姉《ねえ》や思いの神尾ではないはずだ。姉やの方でもまた、一晩や二晩よりつかなかったからとて、おいたをしてはいけません、という程度のもの、きついお叱りがあろうはずはない。
 それでも神尾は、夜のおそきを厭《いと》わず、御行《おぎょう》の松の下屋敷へかえって来て、戸を叩くと、まだ寝ていなかったらしいお絹が、直ぐに戸をあけてくれたのを見ると、今日は、でかでかと大丸髷《おおまるまげ》のしどけない姿。毛唐の真似《まね》をして、束髪、女洋服ですましてみたかと思うと、もうがらり変って、おやじをあやなした時分の大時代の姿で納まり込んでいる。気まぐれな奴だと、神尾は横目で、じろじろと丸髷をながめながら通ると、お絹は自分の部屋で、ひとりギヤマンを研《みが》いていたらしい。
 幾つものギヤマンをそこへ並べて、その傍らには中形の壜《びん》がある。ちゃぶ台の上へそれを置いて、
「よくお帰りになりましたね」
「ああ、感心
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