ように言いました、
「京都の朝廷に岩倉三位があるように、輪王寺の門跡に覚王院義観僧都がある、京都に於ける岩倉三位を向うに廻して、これと相撲の取れるのは、覚王院義観僧都あるのみだろう」
 これは意外な見立てと言わなければならぬ。会津とか、桑名とか、譜代の誰々、旗本に於て少なくとも小栗とか、勝というものが、口の端《は》に上らなければならない場合に、意外にも、一人の出家僧を以てこれに答えた鈴木安芸守も、山におればこそ、わが田に水を引くのではない、わが山に水を上せるものだ。今日の天下に、朝廷を擁し、大藩を向うに廻して、覚王院とやらの坊主一人で、どうして相撲が取れるものか、と言わば言うべきであるが、ここの人には、それほどの反感が無い、というのは、覚王院の威望が隠然として大きいのと、西の比叡《ひえい》に対する東の東叡山の存在が、ある意味に於ては、柳営以上の位にいるという頭があるからです。
 神尾主膳は、とにもかくにも、今日会わんとして会えなかった覚王院の義観なるものが、それほどの傑物であるかという印象の下に、更に鈴木に向って、ぜひ一度、その覚王院に面会したいから紹介してくれと頼みました。

   
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