それは、あの晩の事あって以来のことですから、お松を必要とする限りに於て、駒井はその新館の一室から、助手を手放すことを好まない。ほとんど終日を二人は、一室のうちに扉をおろし、カーテンを卸して研究に耽《ふけ》ることさえあるのです。このごろは、開墾地の見舞をさえも怠りがちになることすらあります。
「船の中でも、そうでしたが、よくまあ、あれだけ根《こん》がつづくものですねえ、朝から晩まで本を読んで、調べものをなさって、それでお飽きになるということがない、お手助けをなさるお松さまも、学問がお好きの道なればこそで、ほかの者ではつとまることではございません、殿様もよく勉強をなさるが、お松さまの仕事も、ほかの人でつとまりっこはない、お好きの道とは言いながら、よくもあんなに精がつづくものでございますね」
と、無邪気なお喜代が、同情のあまり、七兵衛に向って感歎して言いましたが、七兵衛は、
「人間、好きな道には命さえ投げ出すよ、仕事というものは、外《はた》で人の見るほど苦になるものじゃない」
 駒井がここへ来て、新しい研究に熱中の度を加えたとの評判は、お喜代の眼にばかりではない、誰の眼にも、舌を捲いて感歎す
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