に恨みの種を蒔《ま》くようなものだし、はてさて、一同のうちに誰を見立てたものか、ほとほと七兵衛の頭が乱れます。
 冗談じゃない、ではいっそ、七兵衛おじさん、お前の物にしちまったら……もともと、お前に授かったのじゃないか――全く冗談は言ってもらいますまい、第一、この坊主頭にてえして、そんなことができますかい、それに、今日まで男後家を立て通して来たといえば二本棒だが、聖人の道を守って来たこのおやじを、今となって人間道に引卸すなんては罪だよ、考えてもいけねえ、そういうことは口走るもんじゃねえよ、と七兵衛は自問自答して、厳粛に打消してしまったりしていましたが、一晩考えてみても、なんら目当てはつきません。
 物事はそう取越し苦労ばっかりするもんじゃねえ、神仏がいいようにして下さらあ、縁は異なもの味なもので、人間業に行って行かねえやつなんだ、早い話が、甲府勤番支配駒井能登守が、この大海原の真中の離れ島の椰子の木の下で、おれの娘分のお松と出来合うなんていうことが、仏様だってあらかじめ御存じのある事じゃあるめえ、それと同じことに、あの娘だって、どうしようの、こうしようのと、おれがここでやきもき思ったか
前へ 次へ
全386ページ中155ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング