らねえんでげすよ、奥坊主のうちに作者があるんだそうでげすが、その奥坊主の中の誰の作でござんすか、わっしどもにゃ、ちっともわからねえんでげす、ただ、当時、こういうのが流行《はや》っているから唄え、受けるぜ、儲《もう》かるぜ、と仲間が伝えてくれるもんでげすから、その口真似をやっているだけのもんでげす、文句がよく出来ておりましたからって賞《ほ》めていただかなくてようがすが、もしまた誤って穏かならねえところがございましても、わしの罪ではございません」
「それはわかっている、なにも貴様の口占《くちうら》を引いて、罪に落そうなんぞというのじゃない、ただ、そういう唄を聞いていると、最も正直な時代の声が聞えるというわけだ、おべっかや、おてんたらと違って、言わんとするところを忌憚《きたん》なく正直に言っているから、それで時代の風向きもわかるし、政治向の参考にもなるというものだ、ただ、一つの学問として聞いて置きたいのだから、正直に唄え」
「左様な思召《おぼしめ》しでござんすなら、一番、腮《あご》に撚《より》をかけてお聞きに入れやしょうかな」
 願人坊主はようやく酔いも廻って、いい気になり、ことにこの殿様は、話がわかってらっしゃる、気前もよろしくてらっしゃる、お聞咎《ききとが》めでお調べの筋と来るんじゃなし、学問のために聞いて置きてえとおっしゃるんだから、ここは一番、願人坊主の腮の見せどころ、いや咽喉の聞かせどころと舌なめずり、咳払いよろしくあって、樽床几《たるしょうぎ》を宙に浮かせて――

 お聞きに入れます「当世よくばり武士」チョボクレ始まりさよ……
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そもそもこのたび
京都の騒動
聞いてもくんねえ
長州征伐|咽喉元《のどもと》過ぎれば
熱さを忘れたたわけの青公家《あおくげ》
歌舞伎芝居のとったりめかして
攘夷攘夷とお先まっくら
おのが身を焼く火攻めの辛苦も
とんぼの鉢巻、向うが見えない
山気《やまき》でやらかす王政復古も
天下の諸侯に綸旨《りんじ》のなンのと
勿体ないぞえ
神にひとしき尊いお方の
勅書を名にして
言いたい三昧《ざんまい》
我が田へ水引く阿曲《あきょく》の小人
トドの詰りは首がないぞえ
それに諂《へつら》う末社の奴原《やつばら》
得手《えて》に帆揚げる四藩の奸物《かんぶつ》
隅の方からソロソロ這《は》い出し
濡手で粟取るあわてた根性
眉に八の字、青筋|出《いだ》して
向う鉢巻、すりこ木かかえて
威張ったとッても
天下の諸侯はなかなか服さぬ
足元あかるいうちこそ幸い
お国土産の芋でもくらって
屁《へ》でもこき出しひッたらよかろう
おらが親分お気が好過ぎる
自分の政事を一から十まで
取り上げられても黙っているのか
おめえはそれでもいいかは知らぬが
冥途《めいど》にいなさる神祖に対して
なンと言いわけしなさるつもりだ
  チャカポコ チャカポコ
    チャカポコ チャカポコ

二百余年の社稷《しゃしょく》の大業
人手に渡して済むか済まぬか
わからぬながらも積ってみなさい
一朝一夕、骨も折らずに
取ッたか見たかの天下じゃないぞえ
七ツの歳から駿河《するが》の人質
数年の辛苦も臣下の忠義に
ようようお家にお帰りなさると
門徒の争乱
大高城内、兵糧運びの
三方《みかた》ヶ原《はら》には一騎の脱走
武田北条、左右に引受け
孤立の接戦、数ヶ度の敗軍
つくづく思えば涙がこぼれる
小牧山なり、関ヶ原なり
大阪御陣も、眉に火のつく火急の接戦
夏は炎天
兜《かぶと》の上から照りつけられても
水も呑めない
冬は寒気が肌《はだえ》を通して
霜をいただき兜の緒を締め
昼夜を分たぬ艱難辛苦と
共に積ッた七十有余の歳になっても
肉さえ食《くら》わず
麁食《そしい》に水呑み
昔を忘れず
肱《ひじ》を枕に山野に起き臥《ふ》し
それに従う臣下も同様
こんな憂目をなされた天下を
いかに気楽なお人だとッても
熨斗《のし》をはりつけ進上申すと
渡す間抜けが唐《から》にもあろうか
これも奸賊四藩の為すこと
腕を捲《まく》ッてやっきと気を張り
ピシピシやらかせ、しっかりしなせえ
馬に鞍置き、鞭を加えて
ノンノン出かけろ
譜代恩顧の諸侯もあるぞえ
  チャカポコ チャカポコ
    チャカポコ チャカポコ

安芸《あき》のおじさん、どうしたものだよ
お前は当家のお聟《むこ》じゃないかえ
いわば一門同様なお方が
長州なんどのお先に使われ
狐になるとは呆《あき》れたものだよ
四十二万のお高はどうした
妾《めかけ》にばっかり入れあげたのか
譜代恩顧の郎党励まし
一手に引受け長州討ったら
少しは先祖へ言いわけ立つベイ
加賀さん、どうした
お前もやっぱりお聟じゃないかえ
今は息子のお代といえども
しッかりしなさい
百万以上の大きなお高を掌握しながら
豆でも食《くら》
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