んなゴザなんだ、バクチ打ち特有のゴザが別製に編ましてあるのか、いや、まだそのさきに、この場では湯呑が代用のその本格の壺というやつの説明も願いたい」
「壺でげすか、壺は、かんぜんより[#「かんぜんより」に傍点]でこしらえた、さし渡し三寸ばかりのお椀《わん》と思えば間違いございません、雁皮《がんぴ》を細く切ってそれを紙撚《こより》にこしらえ、それでキセルの筒を編むと同じように編み上げた品を本格と致しやす、それから盆ゴザと申しやしても、特別別製に編ましたゴザがあるわけではございません、世間並みのゴザ、花ゴザでもなんでもかまいませんよ、それを賭場《とば》へ敷き込んで、その両側へ丁方と半方が並びます、そうすると壺振が、そのまんなかどころへ南向きに坐り込むのが作法でござんさあ」
「まあ、待ち給え、いちいち実物によって……時節柄だから代用品で間に合わせるとして、ここにゴザがある」
と言って関守氏は、つと立って、なげしの上から捲き込んだ一枚のゴザを取り出して、それをがんりき[#「がんりき」に傍点]の前で展開しました。
「結構にござんす、それじゃあひとつ、盆ゴザを張って、本式に稽古をつけてごらんに入れやしょう、いいでござんすか」
「相手に取って不足ではあるが、拙者が君の向うを張るから、本式に、稽古と思わず勝負のつもりで、一つやってみてくれ給え、つまり、君が丁方となり、拙者が半方となる、では、君が半方を張り、拙者が丁と張るから、一番、委細のところを見せてもらいたい」
「ようがす、そのつもりで、手ほどきから御教授を致しましょう」
と言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、座を立ち上ると、盆ゴザの中央のところへ、前に言った通り南向きにどっかと坐り込みました。
十二
盆ゴザの中央へ坐り込んだ途端に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が、無けなしの片腕を内懐ろへ逆にくぐらせたと見ると、パッと片肌をぬいでしまい、それと同時に着物の裾《すそ》をひんまくった源氏店《げんやだな》、つまりこれが俗にいう尻をヒンマクる形だと関守氏が、見て取りました。今時は芝居でよく見る形、悪党がかけ合いをする時の常作法、尻をマクルというやり方を舞台では見るが、本場はこれがはじめて、下品極まる伝統的作法ではあるが、下品のうちにも作法は作法、こうしたものかと見ていると、
「まず壺振りの芸当始まり
前へ
次へ
全193ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング