ってがんりき[#「がんりき」に傍点]は、炉辺に飲みさしの関守氏の九谷の大湯呑に眼をつけました。
「よし来た」
関守氏は異議なく、その茶がすを湯こぼしに捨て、がんりき[#「がんりき」に傍点]の前へ提供してやると、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、左手に隠した四個の小賽を、左の耳元で、巫女《みこ》が鈴を振るような手つきに構えたが、関守氏は、その構えっぷりを見て感心しました。
十一
こいつ、ロクでもねえ奴だが、さすがにその道で、賽を握らせると、その手つきからして、もう堂に入ったものだ。
四粒の天地振分けが、その中に隠れているのか、いないのか、外目《はため》で見てはわからない、軽いものです。もとより商売人の賽粒のことだから、軽少を極めて出来たものには相違ないが、それにしても軽過ぎるほど軽い、その手つきのあざやかさに、関守氏がある意味で見惚《みと》れの価値が充分ありました。
そこで、耳元で振立てると、はっと呼吸が一つあって、振一振、左の小手が動いたかと見えると、天地振分けを四箇《よっつ》まで隠した五本(?)の指がパッと開きました。その瞬間、四粒の天地は、早くも五倫の宇宙から、壺中《こちゅう》の天地に移動している。つまり、はっという間に四つの小粒が、今し関守氏から借り受けた湯呑の中へ整然として落着いているのです。これまたその手つきのあざやかさに、またも関守氏の舌を捲かせ、
「うまいもんだ」
と言って、思わず感歎すると、がんりき[#「がんりき」に傍点]は、こんなことは小手調べの前芸だよと言わぬばかりの面をして、
「本来は、この壺皿を左の手にもって、右で振込むやつをこう受取るんでげすが、手が足りねえもんですから、置壺《おきつぼ》で間に合せの、まずこういったもので、パッと投げ込む、その時おそし、こいつをその手でこう持って、盆ゴザの上へカッパと伏せるんでげす、眼に見えちゃだめですね、電光石火てやつでやらなくちゃいけません」
左で為《な》すことを右でやり、右で行うことを、また引抜きで左をつかってやるのだが、一本の手をあざやかに二本に使い分けて見せる芸当に、関守氏が引きつづき感心しながら、膝を組み直し、
「まあ、委細順序を立ててやってみてくれ給え、ズブの初手《しょて》を教育するつもりで、初手の初手からひとつ――いま言ったその盆ゴザというのは、いったいど
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