と[#「たんと」に傍点]もねえが――ここに二十両ある」
 胴巻ぐるみ、百の前へ投げ出したのは、いよいよ怪しからぬことで、行って見ろと嗾けた上に、資本金までも供給するのですから、シンパ以上の、むしろ共謀に近いほどの不逞《ふてい》なのです。ところががん[#「がん」に傍点]ちゃん、否やに及ばず、早速二十両の胴巻を頂戴に及んで、
「善は急げ、これから早速飛んで参りましょう。ところでその洛北岩倉村てえのはいったい、どっちの方向で、当日のトバの貸元てえのは、どういう顔でござんすかねえ、そこんところをひとつ、伺って置きてえもんでござんさあ」
 ロクでもない片腕で、早くも二十両の胴巻ぐるみ懐ろへ捻込《ねじこ》みながら、中っ腰になって、善は急げと来たが、その善なるものを急ぐにつけても、善戦をしなければならない。善戦をするには、彼を知り、我を知らなければならない。そこで相手方の地の理と、相手方の親分大将の身分について、相当の知識を持たなければならないというのは、この男として相当の心づかいでありましょう。
「うむ――洛北岩倉村というのはな」
 そこは不破の関守氏も抜からぬもので、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百のために、洛北岩倉村の地理を説くことかなり詳《つまびら》かなものであります。
 その説くところによると、これから、日岡の峠を通って蹴上粟田口《けあげあわたぐち》へ出るが、三条橋は渡らずに、比叡山の方へとずんずん進んで、それ、名代の八瀬大原《はせおおはら》の方へ行く途中のところにその岩倉村というのがある。そこの岩倉村は岩倉中納言の領地で、大バクチはその中納言殿の屋敷の中で行われるのだ――という説明を皆まで聞かずに、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が、急に白けきった面《かお》をして開き直り、
「へえ、上方じゃあ中納言様がバクチを打つんでげすかエ」
「いや、中納言殿がバクチを打つのではない、その岩倉村の山ふところにある中納言殿のお屋敷の中で、大トバの開帳が行われると言うのだ」
「へへえ、考えやがったな、江戸でも御老中の屋敷の中なんぞで、そいつが、しょっちゅう御開帳になるんですよ、仲間《ちゅうげん》や馬丁《べっとう》が、寄ってたかって御老中のお馬屋の中で、しゃそじょうこ[#「しゃそじょうこ」に傍点]てやつをきめこむんでさあ、御老中でさえその位なんだから、中納言様ときちゃあ豪勢なも
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