らねえんでげすよ、奥坊主のうちに作者があるんだそうでげすが、その奥坊主の中の誰の作でござんすか、わっしどもにゃ、ちっともわからねえんでげす、ただ、当時、こういうのが流行《はや》っているから唄え、受けるぜ、儲《もう》かるぜ、と仲間が伝えてくれるもんでげすから、その口真似をやっているだけのもんでげす、文句がよく出来ておりましたからって賞《ほ》めていただかなくてようがすが、もしまた誤って穏かならねえところがございましても、わしの罪ではございません」
「それはわかっている、なにも貴様の口占《くちうら》を引いて、罪に落そうなんぞというのじゃない、ただ、そういう唄を聞いていると、最も正直な時代の声が聞えるというわけだ、おべっかや、おてんたらと違って、言わんとするところを忌憚《きたん》なく正直に言っているから、それで時代の風向きもわかるし、政治向の参考にもなるというものだ、ただ、一つの学問として聞いて置きたいのだから、正直に唄え」
「左様な思召《おぼしめ》しでござんすなら、一番、腮《あご》に撚《より》をかけてお聞きに入れやしょうかな」
 願人坊主はようやく酔いも廻って、いい気になり、ことにこの殿様は、話がわかってらっしゃる、気前もよろしくてらっしゃる、お聞咎《ききとが》めでお調べの筋と来るんじゃなし、学問のために聞いて置きてえとおっしゃるんだから、ここは一番、願人坊主の腮の見せどころ、いや咽喉の聞かせどころと舌なめずり、咳払いよろしくあって、樽床几《たるしょうぎ》を宙に浮かせて――

 お聞きに入れます「当世よくばり武士」チョボクレ始まりさよ……
[#ここから2字下げ]
そもそもこのたび
京都の騒動
聞いてもくんねえ
長州征伐|咽喉元《のどもと》過ぎれば
熱さを忘れたたわけの青公家《あおくげ》
歌舞伎芝居のとったりめかして
攘夷攘夷とお先まっくら
おのが身を焼く火攻めの辛苦も
とんぼの鉢巻、向うが見えない
山気《やまき》でやらかす王政復古も
天下の諸侯に綸旨《りんじ》のなンのと
勿体ないぞえ
神にひとしき尊いお方の
勅書を名にして
言いたい三昧《ざんまい》
我が田へ水引く阿曲《あきょく》の小人
トドの詰りは首がないぞえ
それに諂《へつら》う末社の奴原《やつばら》
得手《えて》に帆揚げる四藩の奸物《かんぶつ》
隅の方からソロソロ這《は》い出し
濡手で粟取るあわてた根性
眉に八の字、
前へ 次へ
全193ページ中159ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング