りつきました。
六十四
それからしばらく、侵入者は、さっぱりとした取合せのよいお膳について、箸《はし》を与えられました。その傍らにお給仕役をつとめながらの若い老尼が、あやなすように話しかける。
「あなたは、どちらからおいでになりましたの」
「関の大谷風呂に暫く逗留しておりました」
「お国はドチラですの」
「東国の方ですがね、諸所方々をフラつきましたよ」
「お目がお悪い御様子ですが」
「はい、目がつぶれてしまいましてね、つまり天罰というやつなんですよ」
「どうして、そういう目におあいになりましたの」
「十津川の騒動の時にやられました」
「ああ、あの天誅組《てんちゅうぐみ》の騒動に、あなたもお出になりましたか」
「はい、十津川では天誅組の方へ加わりました、中山卿だの、それから松本奎堂《まつもとけいどう》、藤本鉄石なんていう方へ加わりました」
「まあ、それは頼もしい、天朝方でございますね」
「なあに、頼もしく入ったんじゃありませんよ、頼まれたもんですからツイね、つまり、人生意気に感ずというわけなんでしょう」
「その前は、どちらに」
「その前は壬生《みぶ》におりました」
「まあ、壬生浪《みぶろう》……」
「恐れるには当りませんよ、これもふとした縁でしてね、好んで新撰組に加わったわけじゃありません」
「では、あなたはずいぶん、お手が利《き》いていらっしゃるのね」
「剣術が少し出来るんでね、まあ、それで身を持崩したようなものです」
「よくまあ、でも、その御不自由なお身体《からだ》でねえ」
「こんな不自由な身で生きているというのが不思議なんです、いいや、不思議なんて、そんな洒落《しゃれ》たことではないです、恥さらしなんです、業さらしなんです、まあ普通の良心を持っている奴なら、とっくに、どうかしてるんですがね、こんな奴は、天がなかなか殺さないんです、つまり、なぶり殺しなんですね、あっさりと殺してしまうには、あんまり罪が深い」
「そんなことはありませんよ、自暴《やけ》におなりになってはいけません、あなたなんぞは、お若いに、これからが花ですよ」
「ふーん、これから花が咲くかなあ」
「咲かなくって、あなた、どうするもんですか、わたしなんぞごらんなさい、ことし、幾つだと思召《おぼしめ》す」
「左様、女の年というものは、若く言って叱られる、老《ふ》けて言うと恨まれる、
前へ
次へ
全193ページ中150ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング