みないでいると、懐疑が代っておもむろに、それをあしらいかけました。
「わたしは信心者ではありません」
とまず、おごそかに否定をしたのは、逆三位の本体たる懐疑者の声明としては至当の声明であります。
「わたしは、神様も仏様も信じません、では何を信ずるかと言えば、まあ自分を信ずるというほかはないでしょう、だが、その自分も信じきれないのでね、何を信じていいかわからないんですよ」
覆面をして、背たけのすらりとした美人、姿だけを見て言う、お銀様です。否定された信仰者はあえて動揺もしないで、直々に受取って、
「わからないでする信心が本当の信心で、わかってする信心は本当の信心じゃないって、伝道師さんがおっしゃいました」
「そんなことがあるものですか」
信仰者が、逆らわずに補綴《ほてい》を加えようとするのを、懐疑者は立ちどころにハネ飛ばして、
「そんなばかなことがあるものですか、わからないで何の信心ができますか、物の道理がわかって、はじめて信心をする気になるのでしょう、わからないものを信ぜよと言って、信ずることができますか」
「いいえ、お嬢様、そこのところが……そこのところが、その何なんです……」
何か相当の拠《よ》りどころはあるらしいが、口に上せてはっきりと補うことができない、そこに信仰者の悶《もだ》えがありました。ハネ飛ばされてもしょげもしないし、反撥もしないところに、信仰に於ける相当の自信があることはあると受取れるのですが、さて、立ちどころにその反撥に応酬して、相手を取って押えるだけの論鋒が見出せない、その悶えをかえって懐疑者が補ってやるという逆三位。
「いいんですよ、親方のは親方のでいいんですよ、お前さんは信心者なんだから、それでいいのよ、鰯《いわし》の頭も信心から、って言うでしょう、それは軽蔑して言うんじゃありませんよ、鰯の頭をでさえ信じきれる人が結局エライんです、鰯の頭をでさえ信じ得られる人が、人間を信じなくてどうするものですか、人間を信じ得られる人は、神をも、仏をも、信じ得られる人なんです、それは幸福です、偉大でさえあるんです、ところが、わたしときた日には何ものをも信じ得られません、悲惨ですね」
ここに至って、女軽業の親方はグウの音が出ませんでした。相手から逆十字がらみに抑え込まれたのですから、抗弁の仕様もなく、さりとて納得しきるには頭が足りない。こうして女軽業
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