分としての割当ての縄張を見て置くだけといったようなものです。
 見るに、気のせいか、マドロスも、ウスノロぶりがだいぶ引きしまってきたようです。兵部の娘の何となく甲斐甲斐しく見え出したのと同じ見えですが、見損いでない限り、二人の気分の改まりは、環境のもたらす一つの好感化かも知れません。というのは、今や他の船員はことごとく陸上に安定の地を求めて一生懸命です。が、この二人だけは船に置かれて、これまた、船を安定の地として残されている。周囲の嫉妬もないし、憎悪《ぞうお》も遠のいたし、そこで心の僻《ひが》みが取れたせいもありましょう。それともう一つは、この一組の仲は、あらゆる船員の憎悪の的でありましたが、七兵衛だけは異った同情を持っていたのです。マドロスが検束なきふしだらで、この娘一人を独占し、女も女で、人もあろうに、あの眼の碧《あお》いウスノロのどこがいいのだと、さげすまない者は無いが、さて、これほど侮られ、にくまれながら、この二人の存在を如何ともすることができない所以《ゆえん》は、船の舵《かじ》をこの男が握っているからで、この男無き限り、他の船員に、まだ知らぬ大洋を安全に行き得る自信がない。他のあらゆる事情に於ては否定すべき存在であるのに、そのことのただ一つの技術のために、彼の不検束が許されている。それが許されている間は、女のふしだらもまた許されている。こういった唯一の条件の下にのみ、二人の存在は許されているのですから、その以外には、あらゆる冷たい眼を向けられているのに、ひとり七兵衛だけは、二人の間を、一種の同情を以てゆるしておりました。
 出来ないうちはともあれ、出来た以上は仕方がない、出来たにしても、どちらか一方に不満がある時は、またそれはどうにか手段があろうけれど、毛唐であれ、ウスノロであれ、出来てしまっている上に、二人とも、憎くない、好き合っているということになってみては、もう、文句の無いところだ、許してやるさ、明るく二人を扱ってやることさ、少なくとも、冷たい扱いをしないで可愛がってやるがいいさ……こういうように、同情心を以て対するものですから、二人も、七兵衛の温かい心に非常な感謝の念を持っているのです。
 この感謝の心が、かくも行動となって現われて、七兵衛に対する限り、もてなしぶりが違うのです。そこで二人も七兵衛の来ることを喜ぶし、七兵衛もまた、二人以外の船の目附
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