からざる弱さもありました。その弱味が、蓋《ふた》を取って物を見るように見られていることを感づかない二人の心に、充分の隙間《すきま》があり、愚さがあるということを気づかないでいるところに、また二人の善良さもあるというものです。
事実、秘密は保たれている――と信じきったところに過《あやま》ちはなかったもので、今も現に、一人として異様な眼で見るものはないのは、まさに相違ないのですが、たった一人の者に、その秘密を見破られてしまっている――ということに、二人が気がつかなかったというのは運の尽き――いや、それが結局、喜ぶべきことかも知れません。この同志の中のたった一人が、早くも二人の秘密をうかがい知ってしまいました。
その一人とは誰。神秘に属する官能を与えられた無邪気な清澄の茂太郎か。いいや、そうではない。茂太郎は鋭敏な天才に似ているけれども、まだその世界を知るまでには、年齢の力が許していない。つまり、それを最初に見破ったのは別人ならず、七兵衛入道なのであります。
七兵衛は、もう翌日の朝、二人の間を見破ってしまいました。
朝の御機嫌伺いを兼ねて、事業の進境の相談をするために、真先におとずれ[#「おとずれ」に傍点]た時に、平静を極めた二人の、常と少しも変らない態度とあいさつのうちに、どこをどう見つけたか、心のうちに肯《うなず》くものがあって、そこはやっぱり狸ですから、二人がなにくわぬ表情をしている以上に、この男は尋常な面つきで、いんぎんに聞くべきを聞き、述ぶべきを述べて、天幕の中へ引下って来たが、まだ働き手は誰も出動していないテントの炉の前で、煙管《きせる》を一つポンとはたきながら、七兵衛入道は変な面をして、思わずこう言いました、
「お松も、いよいよ女になったなあ」
駒井甚三郎も、お松も、この人に会っては、皮をかぶることはできないのです。
だが、そういった七兵衛入道の面には、いささかも意地の悪い表情はなく、それが結局、二人の喜びに勝《まさ》るとも劣ることなき、躍動を抑えて、ほほえむかの如き含蓄の深い色を漂わせて、
「縁は異なものとはよく言ったものだ、あの子が駒井の殿様のものになろうとは思わなかった、駒井能登守を、こっそりと独占《ひとりじめ》にする凄腕《すごうで》を持っていようとは思わなかった、さて、おれが仕込んで、おれ以上の腕になったというものか、全く以て小娘は油断が
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