はお片づけ下さい、こうして席を広くして、子供を存分にこれで遊ばせて下さい」
「いや、その儀にも及び申さぬて」
 村正氏は、つかぬ事を言って、とにかく引上げが肝腎だと思うが、無気味なことには、動けないのであります。別段、そくいづけを食っているわけではなし、抱きすくめられているわけでもなし、衣の裾の一方を押えられているわけでもないのに、動こうとして動けない、立直ろうとして、いよいよ足がすくむ思いがする。
 というのは、こう、しゅうねくからんで来られる客の意志を、無下《むげ》に振り切ると必ず反動がある、相手が相手だけにその反動が、またどんな騒動を呼び起すまいものでもない。この手の客はトカクはなれていけず、ついていれば御意の召すまで引きつけられてしまう。簡単な相手のようでかえってうるさい――村正氏は、ようやく何かにからみつかれる思いをしました。
 だが、一方の爛酔の客は、ちっともその座を動くのではない。今の先、両刀を投げ出してみたばっかりで、忽《たちま》ちまた以前のように仰向けの不動の姿勢になり、その両掌をぼんの凹《くぼ》で組合わせていることはかわりません。
 この酔客は前に言う通り、酔って紅
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