像した通り。ただし、この想像は、一人の酔客があって、爛酔して譫語《うわごと》を発しているという想像だけで、その客の人相骨柄というようなものは、雪洞の光を待って、はじめて明らかなるを得たのです。奔馬の紋《もん》のついた真白い着物を着た、想像よりはずっと痩形《やせがた》だが、長身の方で、そうして髪は月代《さかやき》で蔽《おお》われているが、面《かお》の色は蒼《あお》いほど白い。爛酔という想像から、熟柿《じゅくし》のような息を吹き、同時に面ざしも酒ぶとりのした樽柿《たるがき》のような赤味を想い浮べてみると案外にも、これは蛍を欺かんばかりの蒼白さなのです。それで、月代の乱れ髪の髪の毛も相当に黒いのですから、その蒼白みもよけいに勝《まさ》って見え、それが眼をつぶって、とろんとした酔眼を爛々としてみはっているというものでなく、全く眼をつぶって、両の掌をぼんの凹《くぼ》あたりに当てて組合わせながら、天井を仰いで泡を吹いているのです。
もとより、杯盤もなければ酒器もない。褥《しとね》も与えられていなければ、煙草盆もあてがわれてはいない。無人の室へひとり転がされてあるだけのものなのです。
村正どんは
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