海道を来たけれど、帰る時は木曾街道というわけなんだ」
「はい」
「お前も知ってるだろう、あの先生は世話の焼ける先生とっちゃあ」
「はい」
「それがまた、近江の胆吹山というところから道庵先生と離れて――おいらはお銀様のお附になったんだ」
「はい」
「そのまたお銀様というあまっこ[#「あまっこ」に傍点]が、イヤに権式の高えあまっ子[#「あまっ子」に傍点]でな」
「はい」
「道庵先生は、親方のお角さんとおいらとを乗換えて、別々に上方行きということになったんだが、おいらは弁信さん、お前と一緒に都入りをしようとは思わなかったよ」
「はい」
 何を言っても、はいはいだから、米友が少しお冠《かんむり》を曲げ出しました。何を言っても、はいはい聞いてくれることは有難いようなものだが、こういちいち、はいはいでは、ばかにされているように思われる。せっかく自分が好意ずくで話しかけるのを、上《うわ》の空《そら》で聞き流して、眼中にも、脳裏にも、置いていないようにも取れる。まして平常《ふだん》、そういう無口な人柄ならばそれでも済むけれども、平常が平常、人が一口言えば二口の返し言ではない、千言万語が口を衝《つ》いて
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