って置いてくれ、祖先伝来の由緒ある刀だ、位負けがすると祟《たた》りのある刀だ、承知の上でこれを引取ってもらいたい――と出るので、普通のものがオゾケをふるう。その「村正」の功力《くりき》によって、急場を逃れるに妙を得ている。そこで、人が呼んで村正という、至って罪のない村正であります。血を好まない村正、銭を好む村正ですから、たいしたことはないのです。
 この村正が、角屋の新座敷へ、今日は多くの雛妓《こども》(すなわち舞子)を集めました。
 雛妓に、話したいことを話させて、自分がそれを聞いて興に入《い》るという遊び方で、それだけならば、かなりアクが抜けているが、その次が油断がならない。
「さあ、今晩はみんなして思い入れ怖い話をしてごらん、そうして、一つ怖い話をしたら籤引《くじびき》で一人ずつ、この花籠を持って御簾《みす》の間《ま》まで行って、これを床の間に置いておいで――」
「まあ、怖い」
「いちばん怖い話をした人と、それからいちばん上手に花籠を置いて来た人に、村正のおじさんが、すてきな御褒美《ごほうび》を上げる」
「わたし、怖い話を知らない」
「わたし、怖いところへ行けない」
「怖い話って
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