れで、人に許さざる犬が、米友には許す、猫がまたたびに身を摺《す》りつけるように、犬の眼から見ると、米友はまたたびのような人種で、慕い寄られる素質を持っている。
 同時にまた、米友の方でも、無意味にこうして愛着の組討ちをしているのではない、実はその愛情を事実に示そうとして、もがいているのです。というのは、この犬は首に鉄の環《かん》をハメられて、首が二重に麻の太縄で結えてある。それを外してやろうとしてもがいているのです。
 犬というものは繋《つな》がれる時に騒がないで、解かれる時に狂うものである。この犬を、その鉄の鎖と荒縄から解放してやりたいために、米友は犬と組討ちをしている。犬もまた、米友を慕うだけではない、この理解者の手によって、暫《しば》しなりとも広漠な野性に返してもらいたいがために焦《あせ》っている。犬も力が非凡だが、米友もまた非凡な力を持っている。非凡同士が組討ちをして容易にほぐれないのは、環にかけた合鍵の調子がよくわからないからである。米友がその勝手に迷っている間に、犬は解放を予期して容赦なく喜び狂うから、それで、外目《よそめ》にはいつまでも大格闘が続くようにしか見られないので
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