るというのでもなく、行きては止まり、歩みては戻り、径《みち》の窮まらんとするところでは、杜《もり》を横ぎり、水の沮《はば》むところでは、これをめぐって、行きつ戻りつしていたが、誰あって咎《とが》むる人がない。
「広い屋敷だな」
その屋敷は何万坪にわたるか、米友には目算が立たないが、向うの丘山を越えても、なお地続きに制限はないと思われる。地所に制限はないと思われるが、米友の心にはおのずから制限があって、あまり遠くへふらついて、関守氏を心配させては済まないという道義感がついて廻るから、暫くして、また取って返して、住居の方へ戻って来ると、ぱったりと物置小屋の隅に異様なものを認めて、
「あっ!」
と舌を捲き、その途端に、例によっての地団駄を踏みました。
遽然《きょぜん》として彼の平静の心を奪ったところに、物がある、動く物がある。
いったん舌を捲いて地団駄を踏むと共に、彼は、それに吸いつけられたもののように、一足飛びに飛んで行って見ました。
物置小屋の傍らに、差しかけがあって、その下に、いる、いる、一頭の犬がいる。
しかも、その犬が断じてただ犬ではない。
「やあ、いたな!」
走り寄っ
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