を彷徨《ほうこう》させて、ちょっとその行方がわかりません。
山科の朝はしっとりと重くして、また何となく親しみの持てる秋でありました。
十四
かくて、宇治山田の米友は、光仙林の秋にさまよいました。
深山と幽谷の中にわけ入るような気分があって、心がなんとなく勇みをなすものですから、いい気になって、園林の間を歩み歩んで行くうちにも、我を忘れて深入りをしようとするわけでもない。
今日は、心置きなく自分の住宅区域の安全地帯に、誰|憚《はばか》らず遊弋《ゆうよく》することができる。この幾カ月というもの、米友の天地が急に狭くなって、あわや、この小さな五体の置きどころさえこの大きな地上から消滅しようとした境涯から、急に尾鰭《おひれ》が伸びたように感じました。
おそらく、自由という気持を、この朝ほどあざやかに体験したことはなかろうと思われる米友が、その自由の尾鰭を伸ばすには、かなり充分な面積を有するこの異様な光仙林の屋敷は、空気に於てあえて不足を与えない。
そこで米友は、いい心持で朝の散歩を思うままにして、どこにとどまるということを知らないが、さりとて、埒《らち》を越え
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