クは今、太平洋の海の中にいるはずですから、まかり間違っても山科谷の間へ来るはずはありません。
ただ、お銀様だけが、ただの犬でないことを心得ているらしい。
鶏犬の声によって、この場の会話は甚《はなは》だ白けてしまいました。弁信法師のせっかくの広長舌も、なんとなく出端《でばな》を失い、光芒《こうぼう》を奪われたかのような後退ぶりです。
十三
一方、不破の関守氏は、米友を炉辺の対座に引据えて、これもしきりに物語りをしておりました。
不破の関守氏は座談の妙手である。これはお銀様のように、権威と独断を人に押しつけることをしないし、弁信のように、感傷と理論の饒舌《じょうぜつ》に人を悩ますようなことがありません。平談俗語のうちに、世態人情を噛みしめて話すものですから、米友もたんかを立てる隙《すき》がなく、これをして神妙に聞き惚《ほ》れて、しきりにうなずかせるだけのものはありました。
そのくらいですから、会話に興が乗っても、これが切上げの潮時をもよく知っている。この小男も相当疲れているであろうことを察して、程よく一室に入れて彼を寝かし、己《おの》れも寝について、そうして
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