の「威」は、どんな人にも遜色がない、ということが、与八の信仰となっているのであります。与八が「威」という観念で解釈しているのは、近づき難い怖れという意味ではない、与八は与八らしく世間の「威」という観念を受入れて、人格の備わった徳の高い人に、おのずから備わる後光のようなものだと信じているのです。ドコへ出て、どういう人を見ても、与八はうちの大先生のことを思うと、ちっとも引け目を感じない。それがつまり、大先生の威というものだと信じているのです。
そこで当然、その血筋を引いた郁太郎様は、お祖父《じい》さんのような人に仕上げたいものだという希望も、無理ではないのです。お祖父さんの正しい血筋を引いているのだから、お祖父さんのようなエライ人になれるべきはずである、というのがまた与八の信念で、同時にそれを、お祖父様のように仕上げるのが一つ間違って、竜之助様のようにしてしまった日には、その責任がかかって自分にあるということを感得すると、与八が恐懼戦慄《きようくせんりつ》するのもまた無理がありません。
どうして教育して上げたらいいか、わしぁ学問はなし、金ぁなし、器量はなし、なにもかもないないづくし。こ
前へ
次へ
全402ページ中396ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング