と見ると、機会ある毎《ごと》に就いて学ぶことに、熱心綿密を極めておりました。
七十六
与八は、自分の働く周囲が、おのずから学校となることには煩わしさを感じませんでしたが、自分の出て行く先が、偶像となることを深く怖れました。
与八に対して、一つの信仰が起りかけて来たことは、前に言った通りであります。
この超経済の奇篤人の行動が、世俗人の目から驚異に見られたあまり、これは木喰上人《もくじきしょうにん》の生れかわりであるの、鳩ヶ谷の三志様であるの、地蔵様の申し子であるの、何神様のお乗りうつりであるのという信仰は、すぐにその隣りへ迷信の祠《ほこら》を築き易《やす》いことになっている。
与八さんのまわりへ寄れば、気が休まる――なんとなく気分が和《やわ》らぐ――というのはまだいいが、与八さんに頼めば病気がなおる、与八さんの傍へよると難病が落ちる、というようなことになるを、与八は甚しく怖れました。しかし、与八が怖れれば怖れるほど、その信仰なり、迷信なりが、加速度に嵩《こう》じて来る雲行きを、与八は更に怖れました。
そこで、なるべく出歩かないように、施行《せぎょう》の湯
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