の教授方をも兼ねました。
「与八さん、七という字は、ドッチへ曲げるだっけかなア」
 横に一本書いて、縦から書き卸してみたが、途中まで来て、どっちへ曲げていいかわからない、そこで行先をたずねて哀号する子供がある。
「右へ曲げるだよ、右へ」
 ところが、右と左の観念がよくわからない。思いきって左へ曲げてしまって、げんなりした面《かお》でいると、与八が傍へよって来て、手に筆を持添えて、
「そら、右というのは、こっちの方で、左というのは、こっちだよ、おまんまあ食う時、箸《はし》を持つのが右で、茶碗を持つのが左だよ、よく忘れねえで」
「そうかなあ、みんな、いいことう聞いたよ、おまんまあ食う時、箸う持つ方が右で、茶碗を持つ方が左だとよ、いい事う聞いた、みんな忘れんなよ」
 教えられた子供は得意になって、それの新知識を更にまた他に向って移植しようとする。かくして、かりそめにも教育に従事した与八は、他教育と共に、自分を教育せねばならぬ必要を感じました。いわゆる、自ら教育せぬものには、他を教育するの資格がないことを、切実に感得しました。
 そこで与八は、村の有識者――いやしくも自分より以上の智能者である
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