い」――自分としては実際、手際よく相手になり、手際よく別れて来たと思うけれど、それにしては、何か大事なものを落して来たような気がしてならない。捨てたつもりでやって来たのに、実はまだ頭に置いている、背に負っている。昔、なにがしの禅僧が二人、川の岸に立っていると、一人の手弱女《たおやめ》が来り合わせて、川を渡りわずらうのを見て、一人の禅僧が背中を貸して、その妙齢の女を乗せて川を渡してやって、向う岸で卸《おろ》して別れた。程経て、一人の禅僧が曰《いわ》く、君とは今後同行を断わる、なぜだ、出家の身で眼に女人を見るさえあるに、その肉体を自分の背に負うて渡るとは何事だ、そういう危険な道心者とは同行を御免|蒙《こうむ》りたい、そう言われると、女を負うて渡した禅僧が恬然《てんぜん》として答えるよう、おれはもう女を卸してしまったが、貴様はまだ女を背負っている!
そうだ、そうありそうなことだ、おれはまだ女と別れていないのだ、と宇津木兵馬が、むらむらとそのことを考えました。兵馬は自分が潔白無垢な身上だとは信じていない。色里に溺《おぼ》れて人を泣かせたこともあるし、女に対しては脆《もろ》いものだという過去の
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