後を見届けるに及ぶまい、なに、火をかけて城を焼いておいて、当人が逃亡して再挙を企てる憂えはないか。それを聞いて秀吉がカラカラと笑って、勝家ほどの大将が、天主に火をかけて逃げ出したら逃がして置け、と取合わなかった。そこに恥を知る武将の面影と、勝ち誇る英雄の余裕とが見られて、太閤記のうちでも面白いところだ。柴田勝家は織田の宿将第一で、地位から言っても、名望から言っても、秀吉などよりは遥《はる》かに先輩だ、これを亡ぼした時が、事実上の織田家を秀吉が乗取った時なので、もう内には秀吉の向うを張り得る先輩というものはない。これから外に向って、十二分の驥足《きそく》をのばすことができるのだから、秀吉にとって、この北の庄の攻略と、柴田の滅亡は、天下取りの収穫なのだ。
 いや、収穫といえばまだある、まだある、むしろそれ以上の収穫がここから秀吉の内閨まで取入れられたというものは、後年、天下の大阪の城を傾けた淀君《よどぎみ》というものが、ここから擁し去られて、秀吉の後半生の閨門を支配して、その子孫を血の悲劇で彩《いろど》らしめた。いったん浅井長政の妻となって、浅井氏亡ぶる時に里へ戻された信長の妹お市の方は、
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