れたということに、運命の興味を感じて、これを相手に行路難の修行底といったような、善意に水を引いた興味が伴えばこそで、実は穴馬谷へ落ち込んで、はじめて、たずぬる相手は北国へ落ちたのではないということを確認したまでのことで、越中、加賀の方面には断じて、それらしい人の通過した形跡がないことを、この間に、たしかに確めたのです。が今となっては路頭を転ずることができない。いっそ、名に聞いたまま足を入れていない北国の名都、越前の福井に見参してから、その上で、あれから近江路へ出ることは天下の北陸道だから、それを通って、やがて再び京都の地に上り得られるのも旬日の間。
こうなると、兵馬の頭には、金沢もなく、三国もない、地図を案じて北陸の本筋を愛発越《あらちご》えをして近江路へ、近江路から京都へ、心はもう一走り、そこまで行けば今度こそは結着、そこで、双六《すごろく》の上りのように、三条橋を打留めに多年の収穫、本望が成就《じょうじゅ》する――そこで何となしに気がわくわくして、これは福松と異なった意味で心が湧き立ってきました。
福松の頭には、浮いた湊《みなと》の三国の色町の弦歌の声が波にのって耳にこたえて来
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