探索の当の本人を見出した。こちらから突きとめる手数を煩わさずして、向うから飛び出して眼前を掠《かす》め去ったこの獲物は見のがせない。
かくて轟の源松は、いちずに宇治山田の米友のあとを追いました。
ひとり曠野《こうや》に残された机竜之助、また東に向って歩みをうつそうとした時に、
「はい、左様でございますか、それはそれは御無理もないことでござりまするな、孔夫子の聖《ひじり》を以てすらが、我ニ数年ヲ加エ、五十以テ易《えき》ヲ学ババ大過ナカルベシ――と仰せられました」
と言う声を、草むらの奥で聞きました。
聞き直すまでもない、それは竜之助として、甲州の月見寺以来熟しきった、お喋《しゃべ》り坊主の音声に相違ありません。
「孔夫子の聖を以てしてからが、五十以て易を学ぶと仰せられました、五十になってはじめて易を学べば大した過《あやま》ちはなかろうとおっしゃいました、孔夫子の聖を以てすらが、それでございます、凡人の能《あと》うところではござりませぬ」
その音節によって見ますと、これは曠野の独《ひと》り演説ではないのです。誰か別に聞く人あって、それを相手に語り出でながら、歩んで来るものとしか思わ
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