きませぬ、そのところを、あなた様だけが斯様《かよう》に夜参りまであそばします、その御奇特なことに存じやして」
尼さんは重ねて、かく悦びごとを言いました。その言葉によって察すると、ここに仏神のいずれかの信仰の道場があって、その名を鬼頭なにがしと呼んだかな、その道場の前へ竜之助が到りついたのである。無論、この男がなんらかの信仰心があって到着したわけではない。心はうつろにさまようて、ついここへ来てしまったのだが、先方はそれを、特にここを目ざして参詣に来た御奇特な信心者のように受取ってしまったのであります。しかし、そう受取ったならば、そう受取らせて置いて、あえて苦しいとも思わない。どちらへ受取られてみたといって、身に直接の利害が及ばない範囲に於ては、弁明に及ぶまいが、それに相当する挨拶は返さなければなるまい。
ところが、それも先方がうまく引取ってくれるのでした。
「さあ、どうぞ、これへお越しやして、朝霧の妄執《もうしゅう》のために一片の御回向《ごえこう》を致し下さいませ、重清がためにもこの上なき供養となりまするのでござります、いやもう御奇特なことで」
堂守の独《ひと》り合点《がてん》は早
前へ
次へ
全402ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング