がら、逃げるように出て行ってしまいました。それだけです。だが、それだけの出入りが、この部屋の空気を震動させたこと容易なるものではありません。震動ではない、ほとんど一変させてしまいました。
今は近藤勇も、虎徹も、清麿も、いずれへか影をひそめてしまって、残るものは、今の女性が残して行った雰囲気の動揺だけであります。眼の見えない方は、さのみ動揺はしなかったのかも知れないが、眼の見える斎藤は、美人の夜襲に心身を悩乱せしめられたと見えて、
「あれだよ、君、一件の女は、ああ、見ようとする時には見られずに、意外の時に、正体を、あのしどけない姿は、お釈迦様でも拝めまい、ああ、千載の一遇だ」
と言って、とってもつかぬ長大息をしたので、相手の竜之助が、
「美《い》い女だったな」
と言いました。
「美い女――君にはどうして、いい女か、醜《わる》い女か、それがわかる、まあ、いいや、勘でわかるとして置いて、事実、女もああなると凄《すご》いね」
「まだ若いな」
「若いにも、まだ嫁入り前なんだ、しかも、たまらぬ由緒のある女なんだ、あれを今晩、この座敷で拝もうとは思わなかった――しかも、あのしどけない寝巻姿の艶なる
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