げた》の方へ近寄って、送り狼の身にからみつくようにした時、またもや橋上がにわかに物騒がしくなりました。
人が来る、しかも、夥《おびただ》しい人数が来る、粛々として殺気を帯びて来る。殺気を帯びた人数の出動することは、このごろの京の天地に於ては物珍しとはしないが、時が時であって、源松の六感を震動させたのは、その一隊が手に手に武器を携えて、一方には夥しい提灯をかざして来る事の体《てい》というものが、普通の巡邏《じゅんら》とは巡邏のおもむきを異にし、いわば、うちいりを済ました後の赤穂浪人――或いはこれから吉良邸を襲いにかかろうとする赤穂の浪人が、まさに両国橋を渡りにかかった事の体なのであります。彼等は抜身の槍の光を月にかがやかしている、鞘走る刀のかがりを指で押えている。その一行が無慮数十人。粛々として橋板を踏み鳴らして来かかったものですから、さすがの源松も、これにはおどろかざるを得ません。しかも、その数十人の手に携えた提灯というものは、前に斎藤一と名乗る男が手にしていた御紋章の提灯とは事変り、「誠」の一字が楷書で、遠く離れていても歴々《ありあり》と読み取り得られるほどに鮮かに記されてあること
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