、割れ鍋の中に竹皮包の生々しい一塊、これも味噌以外のものでありようはない。この忙がしい折柄に一応、穴っ子の中へ眼を通すだけは通しておいて、次の瞬間に、源松は外へ飛び出し、再び橋上の職場へ取って返し、さて、仕事はこれからと、勇み足を踏みしめた途端、橋の上で突然、人をばかにしたような声が起りました、
「おいおい、吉田氏、竜太郎どの、何をそんなところで、うろうろしているのだ、気のきいた幽霊は引込む時分だ」
その男は、菊桐の御紋章の提灯を提《さ》げていたのが、これも少々酔っていると見えて、声は大きいけれども、うつろです。呼びかけた相手の主は、誰か知らないが、ほかにそれと覚しい人もないから、多分自分が置きっぱなしにして来た送り狼のその当人だろうと思って、踏みとどまってみていると、果して、
「斎藤だよ、斎藤一だよ、一足違いで君に逢えなかった、君を御簾《みす》の間《ま》へ残して置いたのは、こういう時の頼みのためなんだ、君という男も、前には芹沢で立後《たちおく》れ、今は伊東でまた後手に廻る、仕様がないなあ、ともかく、これから月心院へ引上げよう」
菊桐の紋のついたのがこう言って、忙がわしく橋桁《はし
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